最終章 その3
そんな僕に、「自分が今まで選ばれてこなかった理由」を再認識する機会が訪れます。ある時、レストランの店内ステージへのレギュラー出演の仕事を戴きました。
毎週1回(途中から2回に拡大)1時間のステージ、まだまだ少ないレパートリーでは、全部並べても1ヶ月もやればネタが尽きてしまう。頼まれた瞬間、咄嗟に「無理です」と言いそうになりました。
しかし「出来ない理由を探す」のではなく、「達成するためにはどうすれば良いかを考える」事の大切さを学んでいた僕は、ボーカルオーディションを開催して希望者を募り、週替わりで色んな人材をゲストボーカルに起用する方式を思いつきます。
僕は毎週のステージでネタ切れに陥る事を避けられ、ボーカル志望の子はノルマも無く、プロの伴奏が用意されたステージに無償で立てる。お客様は毎週変化のあるステージを楽しめ、お店側は継続してお客様を獲得できる。まさに起死回生、Win - Win - Win - Winの策でした。
他人を使うと言うのは、様々な予期せぬリスクの可能性もあります。しかし、たとえその歌い手さんがどんなヘマをしたとしても、僕が知恵と勇気で工夫をしてステージを成立させれば良い。この時問われていたのは「やれるかどうか」ではなく、「やるのかどうか」。必要なのは可能性ではなく、「やるんだ」という覚悟でした。
幸いにも歌う場を求めている人はいくらでもおり、オーディションを開催すればするほど毎回多くの希望者が集まってくれ、最終的には累計300人の方々にエントリー戴きました。そこで人材を選ぶ側の立場に立った僕は、選ぶ人間からしたら「どういう人材を選びたくなるのか」、逆に「どういう人材は選びたくなくなるのか」を痛感したのでした。
それはまさに、「実力」と「情熱」、そして「人間性」でした。
どんなに歌が上手くても、ステージに立つ事に責任を持てない子は選べないのです。ステージに立つ事の意味を理解できない子、自分のためにしか歌わない子、歌以外の部分に対しての努力も必要である事を分からない子、色んな子がいました。場合によっては、「実力だけの子」よりも、「実力不足だけど人間性がとても良く、やる気がある子」のほうが、使う側は「なんとかしてやりたい」と思うのです。
最初のレストランでは183回のステージを重ねました。そしてその間、僕は多くの「歌手志望の若者」を指導しました。音楽的技術やステージ上での立ち振る舞いなどの具体的な指導も多かったですが、それ以上に心構えや取り組み姿勢に関わる話を多くした気がします。
本番数日前のリハ日に、体調を崩して声が出ないからと降板の相談をしてきた子には、「とりあえず今日のリハはキャンセルして、本番日の朝にやろう。病院に行って注射でも点滴でも打って、それまでに可能な限り回復させろ。本番は、ボロボロになっても構わない。もし声が出なくても、ステージは俺がなんとでも成立させるから心配しなくて良い。君にはステージから逃げない事で成長して欲しい。」と説得したり。
当日に車の接触事故を起こしてしまい、現場に来れなくなり、本番ステージに穴を空けたショックで「もう歌えません」と落ち込んだ子には、「プロになりたいんだろ? プロになったら人生で何千ステージも歌う事になる。それだけやれば、どんなに気を付けてたってアクシデントに遭遇する事がある。今回はその1回目に過ぎない。君の音楽人生には今後、もっともっと色んなアクシデントが待ち受けている。まだまだ序の口、今回くらいの事で辞める必要はない。」と説いたり。
優秀で頑張った子は、大きなステージにも抜擢し、ギャラも渡し「チャージバックやチケットバックで受け取る金は人を呼んだ事に対しての対価だ。勿論それも凄い事だけど、この金は君が歌った事そのものに対しての対価。チャージバックとは意味合いがまったく違う、正真正銘の【ギャラ】だ。君はこれを受け取る資格がある。但し、これを受け取る事の意味はしっかり解って欲しい。」と伝えた事もあります。
時には励まし、時には諭し、良かった所をしっかりと伝え、甘い所は指摘し、本人が気付いていない個性を教え、新境地にチャレンジをさせたり。それはまさに、事務所時代に僕らが社長から受けた指導を、反面教師としたものでした。
随分と偉そうな事ばかり言っていますが、彼ら彼女らを指導する事は、実は僕自身が大切な事を再確認する作業になっていたのでした。
よく「子供を産んで育てて、本当の大人になれた」なんて言う人がいます。勿論、それまでに自分が多くの指導を受け成長してきている訳ですが、子供に限らず、まだ未熟な誰かを指導し育てる事は、自分自身の成長を確固たるものに確立するうえで必要な、次の大きなステップなのかもしれません。
まるで10年前の自分を映したような子もいれば、逆に20歳そこそこで既に人間性を備えた子もおり驚かされた事もありますが、そんな場合も含め、僕は彼らの存在のお陰で、次の段階の成長を踏む事ができたのです。
最近では、僕がステージで逆に助けて貰えるほどに頼もしくなった子が何人かいます。ここ数年は、彼ら彼女らを起用する場にあまり恵まれていませんが、それでもたまに、彼らから人生相談を受ける事があります。10年前であれば、誰も僕になんて大事な相談をしようとは思わなかったでしょう。
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